古式巣箱活用のすすめ

江戸時代の養蜂とは

江戸時代の人々はじっさいどのようにミツバチを飼っていたのでしょうか?
一つの答えとなる資料が残されています。

『教草』「蜜蜂一覧」明治5年(1872)

『教草』「蜜蜂一覧」2段目・L9~L10

明治5年(1872)に当時の文部省博物局が刊行した『教草』(おしえぐさ)という色刷り木版画読み物シリーズの「蜜蜂一覧」という一枚です。明治時代のものですが内容は江戸時代の日本における養蜂にまつわる技術、採蜜や蜜蝋の製法などがコンパクトにまとめられています。熊野型古式巣箱と同じような巣箱をのぞいている人物も描かれています。(中央最下部)また、採蜜については『工農業事見聞録』と似たような記述もあります。

・原文 「蜜を採るには大抵五月の頃、房の三分の二を截(き)り採りて、その三分の一は残し置くなり。」
・現代語訳 「採蜜はだいたい6月頃(新暦の6月下旬頃)巣房全体の三分の二を切り取りあとの三分の一は残すようにする。

内容から『日本山海名産図絵』の記述を元に書かれていると考えられています。『日本山海名産図絵』は寬政11年(1799)に世に出ているので『工農業事見聞録』に先んじること20余年。どちらも、採蜜の際にミツバチに蜜を残すことでその後も飼い続けられることを説いています。今でいう「持続可能な」養蜂の考え方がすでに200年以上前に唱えられていたことは興味深いことです。

江戸時代の人々に倣い「持続可能な養蜂」を行うとすれば、意外にも私たちが抱える現代特有の課題解決の助けとなる可能性があります。熊野型古式巣箱の特性をふまえると、次のようなことが考えられます。

熊野型古式巣箱による「持続可能な養蜂」

1.学習効果のある養蜂(「学び飼育」)

おとなしい性質のニホンミツバチは理科観察の対象としてセイヨウミツバチよりも適していますが、多くの巣箱では巣内の観察が十分にできません。巣枠式タイプの巣箱は巣内の観察ができますが、ニホンミツバチは神経質な性質なので内検を頻繁にはできないというジレンマを抱えています。

現在、採蜜のしやすさから最も人気のある重箱式巣箱でも、中の様子が見えにくいため巣の成長を観察する楽しさは望めません。熊野型古式巣箱の大きな利点は、観察が容易なため飼うほど、観察するほどにミツバチの生態についての理解が深まることです。伝統的な巣箱なので生物学的な学びに加え歴史的な学びの要素もある教材として、学校や地域コミュニティでのミツバチ飼養に好適です。

蜂の巣に興味津々。チャリティイベントに来てくれたお子さんたち。2019年11月24日

2.辺ぴな場所での養蜂(メンテナンスに行きづらい場所、未利用地、耕作放棄地を活用した養蜂)

夏から秋にかけては台風の猛威に備えるとともにオオスズメバチの巣箱への侵入を防ぐ必要があります。冬場は場所によっては氷点下となる外気から群を守りつつも通気性を保たなければいけません。

耐寒性に優れた板材、強風や害獣の攻撃にも強い構造の巣箱なのでメンテナンスは比較的少なくて済みます。
蜂蜜や蜜蝋を採取することで地域活性化に役立てるプロジェクト、個人であれば副収入源として利用できます。送粉者(ポリネーター)としてのニホンミツバチの維持、という意味でも地域の環境保全に貢献できます。

「森のミツバチ」とも呼ばれるニホンミツバチ。天敵のスズメバチの攻撃をさえぎる草生した環境を好みます。東京・高尾にて

ちなみに、ニホンミツバチはよく「在来種」といわれていますが、「固有種」というより種としてはトウヨウミツバチです。ある研究では「ニホンミツバチは、その他のトウヨウミツバチと分かれた別の亜種であるというより、むしろ韓国のトウヨウミツバチと同じグループに属すると考えるべきである。」と報告されています。
参照:「ニホンミツバチとトウヨウミツバチの系統遺伝的解明」1996

つまり日本における飼育の成果は、日本国内だけでなく少なくとも「韓国のトウヨウミツバチ」飼育に適用できる可能性があります。

トウヨウミツバチの生息地域(緑色の線)/小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』

3.都市部における養蜂(ただし飼育者が分蜂管理をできる場合)

ミツバチ飼育について近隣住民の理解を得るためには分蜂群を完全に管理することが必要です。

王台の状態を観察しやすいので分蜂を抑制することが可能です。王台を切除せず必要な回数だけ分蜂群を出し捕獲することもできます。その場合、分蜂群捕獲経験者による判断が必要です。分蜂群の止まり木(一時的な逗留場所・分蜂群「集合板」や「トラップ」とも称され)が適正な位置にあるか? 分蜂の時期を事前に予測できる経験値と分蜂予定日に監視を怠らないことが重要です。ビルの屋上などでの飼育の場合、止まり木となる構造物が設置されていなければ管理上問題があるので対策が必要です。

東京都杉並区今川3丁目の住宅街にて。「杉並の日本みつばちを守ろう!」活動で保護したニホンミツバチの群を飼育しています。赤丸が分蜂球。

分蜂群の元群。この巣箱の群から分蜂群が出ました。